旭川地方裁判所 昭和47年(ワ)9号 判決
原告 照井正
<ほか三名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 古田渉
被告 国
右代表者法務大臣 田中伊三次
右訴訟代理人弁護士 上口利男
右指定代理人 大沢巌
<ほか六名>
第一、主文
一、被告は原告照井正、同照井トメノに対し各金二一五万五、二六四円および各内金一八五万五、二六四円に対する昭和四五年一〇月二二日から、各内金三〇万円に対する昭和四七年一月三〇日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告照井正、同照井トメノのその余の請求および原告照井春代、同照井利江の請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、原告照井正、同照井トメノ両名と被告との間においては、同原告らに生じた費用の各二分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告照井春代、同照井利江両名と被告との間においては全部同原告らの負担とする。
四、この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
五、但し、被告において、原告照井正、同照井トメノ両名に対し、各金一五〇万円の担保を供するときは、各右仮執行を免れることができる。
第二、申立
(原告ら)
一、被告は原告照井正、同照井トメノに対し各金七九八万四、二一五円、原告照井春代、同照井利江に対し各金二五万円および原告照井正、同照井トメノに対しては、各内金七一八万四、二一五円に対する昭和四五年一〇月二二日から、各内金三〇万円に対する昭和四七年一月三〇日から、各内金五〇万円に対する本判決確定の日から、原告照井春代、同照井利江に対しては、各金二五万円に対する昭和四五年一〇月二二日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、仮執行宣言。
(被告)
一、原告らの請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
三、敗訴の場合につき担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第三、争いのない事実
(本件事故発生と態様)
日時 昭和四五年一〇月二二日午後一〇時三〇分頃
場所 北海道石狩郡石狩町大字八幡町一般国道二三一号線(以下本件国道という。)先石狩川渡船場(右国道および渡船場の管理者は国。たゞし渡船施設の維持管理を訴外石狩町に委任)
場所の状況 右国道の中心線と右渡船場桟橋の水際線の交差点(後記の本件事故車の転落地点)から可動橋(フェリー橋)側約三・七メートルの地点に二〇〇ワットの水銀灯、同じく約二二メートルの地点に三〇〇ワットのナトリウム灯が同じく約一五メートルの地点に二〇ワットの螢光灯がそれぞれ設置され、右交差点から約一〇メートルの桟橋下流部先端には法令の定めによる「止まれ」の道路標識が、右水際線から国道方向約三〇メートルの地点には渡船利用者に対し一時停止を求める案内板(反射性)が設置されている。
また、右渡船場に至る国道の途中には法令の定めによる「重量制限」の道路標識があるほか、二〇ワットの螢光灯四基、二〇〇ワットの水銀灯一基が設置されている。
事故車 照井要運転の普通乗用自動車
死亡者 照井要(以下要という。)
態 様 右渡船場から右自動車もろとも石狩川に転落、溺死。
天 候 雷をともなう激しい集中豪雨
第四、争点
(原告らの主張)
一、被告の責任原因(国家賠償法二条一項)
1 本件事故は、夜間豪雨のため、極めて見透しの悪い状況のもとに、要が初めて本件国道を進行中に発生したものであるが、本件事故現場は国道の途中が川によって遮ぎられ、行き止りになっているという極めて異常かつ危険な場所であるから、道路管理者としては右のような悪状況のもとにおいても車輛が安全に通行できるよう、渡船場の手前に通行止の施設を置くなど、国道が行き止りであることを示す適切な安全施設を設置すべきであるのに、これを怠ったもので、この点につき、本件国道の管理には瑕疵があるから、被告には右公の営造物の管理の瑕疵により生じた損害を賠償する責任がある。(被告は本件事故発生後、種々の安全施設を設置しているが、これらはいずれも被告が道路通行の安全を図るため必要と判断して設置したものであり、右事故当時、右安全施設が設置されていたならば、事故を未然に防ぐことができたものである。)
2 なお、要は本件事故当時、法定速度の範囲内のスピードで、前方を十分注視して運転していたが、前記悪状況のため視界が悪く、水際に接近して初めて道路前方が川によって遮ぎられ、行き止りになっていることを発見し、直ちに急制動の措置をとったが、路面が木製の桟橋で雨のため滑りやすい状態となっていて、制動効果が悪かったこともあって、停止寸前の状態で川の中に転落したものである。右事故は、前項で主張した安全施設が設置されていなかったため、危険な状態の発見が遅れ、その結果発生したものであって、要に過失はない。
また、要は気象状況が悪かったため、たまたま当別町で進路を誤り、本件事故現場に向ったものであるが、前項主張の安全施設が設置されていたならば本件事故は発生しなかったのであるから、右進路を誤ったことは本件事故の直接の原因とはならない。
二、損害の発生
1 要の逸失利益 金九三六万八、四三一円
要は、昭和二〇年四月三〇日生(事故当時満二五歳)の株式会社小平車輛整備工場(以下小平車輛という。)に勤務する健康な男子で、一年間の純所得(年間給与額金五二万一、二五六円から、生活費としてその四〇パーセントである金二〇万八、五〇二円を差引き、これに年間賞与等金一三万四、〇〇〇円を加えた額)は金四四万六、七五四円、その平均余命は四五年余(第一二回生命表)、そのうち就労可能年数は三八年である。
よって、右就労期間中の純所得をホフマン式計算法により中間利息を控除して算定した。
2 慰藉料
要 金三〇〇万円
原告正、同トメノ 各金一〇〇万円
原告春代、同利江 各金二五万円
右に関して、特記すべき事実は次のとおりである。
(一) 要は、死亡当時満二五才の青年で、一人前の社会人として活躍しており、近い将来には結婚して幸せな家庭を築くはずであった。
(二) 原告正は要の父、原告トメノは要の母であり、ただ一人の男の子である要の将来に対し夢を託していたのに、同人を失い、はかりしれぬ打撃を受けた。
(三) 原告春代、同利江はいずれも要の妹であるが、ただ一人の兄を失った悲しみは大きい。
3 弁護士費用 金一六〇万円
原告らは、被告が損害賠償の任意の履行に応じないので、本件訴訟を弁護士古田渉に委任し、同人に対し、手数料金六〇万円を支払い、成功報酬を金一〇〇万円と約した。
右については、原告正、同トメノが各二分の一ずつ負担することとした。
三、相続
原告正、同トメノは、前項1の要の逸失利益金九三六万八、四三一円および同2のうち要の慰藉料金三〇〇万円の合計金一、二三六万八、四三一円の各二分の一である金六一八万四、二一五円(円未満切捨)をそれぞれ相続した。
四、本訴請求
原告正、同トメノは、各金七九八万四、二一五円、原告春代、同利江は各金二五万円の請求となる。
なお前記第二掲記の各内金に対する同項掲記の各日(昭和四五年一〇月二二日は事故発生日、同四七年一月三〇日は訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金(起算日が事故発生日以降の分は逸失利益と慰藉料につき、その余の起算日の分は弁護料に関する分)の支払を求める。
(被告の主張)
一、本件道路の設置ないし管理に瑕疵はない。
すなわち、本件事故現場附近における照明設備および道路標識の設置状況は、前記争いのない事実のとおりであって、右によれば、道路通行者は本件国道が川によって遮ぎられ、行き止りとなっていることを十分に確認することができるものである。
しかも、本件事故現場に至る道路両側には建物等視角を妨げる施設はなく、見透しは極めてよい。
従って、道路管理者としては、安全管理上相当の措置をとっていたものである。
二、本件事故はもっぱら要の無謀運転によるものである。
すなわち、本件事故発生時の気象状況は前記争いのない事実のとおりで、自動車のフロントガラスが曇るなどし、しかも深夜であって、その見透しは極めて悪いうえ、要は本件国道をこれまで通行したことがないのであるから、運転者としては極度にスピードを落し、かつ前方を注視して運転すべきであるのにもかかわらず、同人はかなりのスピードで渡船場に至り、渡船場の桟橋を道路または橋の延長と誤信し、水際から一三ないし一五メートル手前の地点で初めて危険に気付き、急ブレーキをかけたが間にあわず、川に転落したものである。
要は、本件事故車に他の二名を同乗させて当日午後〇時三〇分頃、留萠郡小平町を出発し、当別町、江別市、札幌市を経て小樽市に至り、同所で用件を済ませた後、再び小平町へ戻るため、同日午後八時三〇分頃小樽市を出発し、札幌市、江別市、当別町を順次経て帰るべく進行してきたが、途中当別町において進路を誤り、本件事故現場に至ったものであるが、その間十数キロメートルに亘り、この誤りに全く気付いていない。その間にはいくつもの道路標識があるから、本来ならこれが見えないはずはなく、しかも夜間とはいえ、路面および周囲の状況にも往路とかなりの相違があるから、右のような長い距離に亘って進路の誤りに気付かないのは異常というほかはない。これは、要が当日の用務に関し、何らかの事情でかなり興奮していたか、或は、長時間の運転により肉体的、精神的に相当疲労しており、そのような状態で運転を継続した結果、運転者としての注意力が散漫となっていたためと解される。
第五、証拠≪省略≫
第六、争点に対する判断
一、責任原因
1 本件事故の状況
≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(一)(1) 本件事故現場附近の状況は、事故当時別紙第一、二図のとおりであった。
右場所へは、幅員約六・〇五メートルで舗装されていない国道二三一号線が石狩川の水際まで約二六五メートルの直線となって続き、石狩川で中断された後、さらに対岸へと続いている。事故現場である渡船場の桟橋は、幅約二四・五センチメートル、厚さ約一〇センチメートル、長さ不同の楢材を石狩川の流れと平行に敷きつめてあるが、その表面は風化作用による凹凸が激しく、そのくぼみ部分は深いところで約一センチメートルあり、桟橋全体は石狩川方向に向ってやや下り勾配となっている。
標識等のうち、別紙第二図の案内板の大きさは、縦約一・七メートル、横約一・二三メートル、足の高さ約一・五二メートルで、「お願い。車輛は一時停止して係員の指示に従って下さい。開発局」とあり、さらにその下に「車運船」「重量制限10t、高サ制限2.7M、運行時間6時~22時」と表示されている。また、同図の「止まれ」の道路標識は桟橋入口方向に向って、斜めに立てられている。右案内板、道路標識はいずれも夜間でも見やすいよう、反射性物質で仕上げられている。又渡船場の待合所のほか、左右の見透しを妨げる建物はない。
なお、右渡船場はもっぱら本件国道を通行する車輛を運搬する船の出入りに使用されており(但し、右渡船場下流の乗客のみを運ぶ船の出入する桟橋が増水のため使用できない場合に、客船の接岸に使用されることが、年に数回ある。)、船の運行時間は午前六時から午後一〇時までで、車輛は桟橋右側のフェリー橋から乗船する。以上のとおりであった。
(2) ちなみに本件検証(昭和四七年九月五日午後八時三〇分頃、天候月影なく曇天、西風強)の際における、本件国道のうちの前記直線部分の基点附近から石狩渡船場方向の見透しは、石狩川の水面が対岸の照明(対岸には、二〇〇ワットのナトリウム灯二基、四〇〇ワットの水銀灯二基二〇〇ワットの投光機一基が散在して設置されている。)を反射して細い帯状にゆれているのを認めることができ、普通乗用自動車を前記案内板から南方約三四メートルの地点に、石狩川方向に向けて駐車させ、前照灯を下向きにして照射したところ、案内板の文字を全部判読することができ、また、右位置から、前照灯を下向きのままで、前記の道路標識「止まれ」のうち、赤地色の存在を確認することでき、前照灯を上向きにすると右文字を判読することができた。
(二) 要は、本件事故当日午後〇時半頃、同人が勤めていた小平車輛の普通乗用自動車を運転して、留萠郡小平町を出発し、小樽市に向った。右自動車には、商用或は私用のため、小平車輛の社長金子利男と要の父である原告正が同乗していた。要らは、途中、休憩せず、国道二七五号線を、月形町、当別町と経由し、札幌市を経て、同日午後六時半頃、小樽市に着いた。そして、同所で二時間ほどで用件を済ませ、同日午後八時半頃、要が再び右自動車を運転し、金子は助手席、原告正は金子のほぼうしろあたりの後部座席に乗車して、帰途についた。帰りは、江別市から国道一二号線を通る予定であったが、金子の指示により、再び国道二七五号線を通ることとなった。ところが、要は当別町において右折して月形町に向うべきところを、誤って直進し、石狩町へと向ってしまった。
当時は、雷を伴う集中豪雨が激しく、午後一〇時頃、雨がやや小降りとなったとき、金子は下車してフロントガラスの曇りを拭いたりしたが、その後、再び豪雨となった。
要らは途中休憩することなく、また右誤りに気付かないまま、前記分岐点から十数キロ進行して国道二三一号線を右折し、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で石狩渡船場への道を直進し、渡船場桟橋に進入して水際から二〇メートルほど手前で初めて前方が川で行き止まりであることに気付き、あわててブレーキを踏んだが間にあわず(桟橋上には一一ないし一二メートルのスリップ痕があったスリップ痕の長さから判断して、前掲乙第四号証「総理府事務官中根健作成にかかる原告照井正の供述聴取書」には、同人の供述として前方に川があることに気付いたのは一三ないし一五メートル手前であったとあるが、もう少し手前で川に気付いたと解される。)、自動車もろとも川に転落した。転落後まもなく三人は車外に脱出し、原告正は、右渡船橋から二〇〇メートル余り下流の客船の桟橋に泳ぎつき、近くで助けを求める要の声を聞きつけ、救助に向ったが、同人に腕をつかまれ二人とも沈みそうになったため、やむを得ず手を離してしまった。要は翌日溺死体となって発見された。金子もまた溺死した。
(三) 本件事故当時、前記当別町における月形町方向と石狩町方向の分岐点にはそれぞれの方向と距離を表示する標識が設置されており、右分岐点から本件事故現場までには進行方向を指示する五つの標識が設置されていたほか、「石狩渡船案内」と表示された案内板もあった。右標識はいずれも夜間でも見やすいよう反射性物質で加工されていた。附近の地形は当別町の前記分岐点から右折して月形町に向うと、左側が山であり、直進して石狩町に向うと、当別町の繁華街を通過し、右側が山である。
(四) 本件事故の後、事故現場附近には道路管理者により新たに道路標識、安全施設等が設置されたが、その主たるものは、本件国道から渡船場に向って、別紙第一図のやや手前に「注意」の道路標識、同第二図のやや手前に「止まれ」の道路標識(と同じもの)が、桟橋の突きあたり(水際・本件事故車の転落地点附近)には流れに平行して三基の鉄柵(うち、真中の一基には「車輛通行止」の道路標識がついている。)、桟橋の入口には、桟橋を使用しない場合に左右に張る鎖張りポール一基(中央に「止まれ」の表示板が置かれる。)、国道の直線部分の基点附近には、道路を使用しない場合に置かれる木柵一連(「通行止」の道路標識がついている。)がそれぞれ設置された。
なお、右渡船場においてこれまで本件と同種の事故は見当らない。
2 被告の責任
前記認定の照明設備、道路標識等および本件検証の際の見透し状況を総合考慮すると、通常の天候状態の場合には、夜間初めて本件国道を通行する車輛の運転者でも、前方を注視していれば、あらかじめ石狩川の水面およびその手前の案内板、桟橋上の「止まれ」の道路標識を認めて、右国道の先が行き止まりで、渡船場となっていることを充分認識することができるものと認められる。
しかしながら、夜間、雨が降った場合には、路面が照明を吸収或は反射して前方の見透しが悪く、遠方から路面と川の水面とを明瞭に区別することはやや困難で、道路標識等も見落すことがあり、ことに本件のような集中豪雨の場合には、その危険が著しいことが容易に想像される。又、道路の途中が川で遮ぎられ、行き止まりになっているという状態はあまり例がなく、その予測は困難である。
従って、道路管理者としては、右のような悪条件のもとにおいても、地理に不案内な車輛の運転者が安全に通行できるよう、右国道の先が川で遮ぎられ、行き止まりとなっていることを、早めに、しかも明瞭な形で、運転者に知らせるような道路標識を設置するほか(前記桟橋突き当り右端の「止まれ」の道路標識「別紙第二図面の」は、その向きからみて、桟橋に進入後、右側のフェリー橋から乗船しようとする車輛に対してだけ一時停止を求めるものではなく、桟橋に進入した車輛に対しても一時停止を求める趣旨と解されるが、その表示する意味からはむろん、その設置された位置からみて、結局は、桟橋に進入後、乗船しようとする車輛に向けられたもので、桟橋に進入しようとする車輛に対し、本件国道の突き当りが川であって、通行不能であることまで表示しているものではない。前記の案内板も、その文言からみて、本件国道の先が渡船場であることを前提として、桟橋に進入しようとする車輛に対し一時停止を求めるもので、突き当たりが川で通行不能であることを直接表示するものでないことは明らかである。)、夜間、少くとも船の運行時間終了後は、桟橋の手前に通行止の柵を置くか、あるいは本件事故車の転落地点附近に柵を設置する(現に、桟橋のフェリー橋寄りの水際には、本件事故発生前から木柵が一部設置されてあった。)など道路交通の安全を確保する措置をとるべきであると解される。
そうすると、本件国道の管理には瑕疵があり、被告は国家賠償法二条一項に基づき、本件事故による後記損害を賠償すべき責任がある。(本件桟橋の渡船施設の維持管理を訴外石狩町に委任していたことは、被告の右責任を免れさせるものではない。)
3 要の過失
前記認定のとおり、要は本件事故当日、事故発生まで約八時間自動車を運転し、しかも小樽市において用件のため約二時間を費したほか、途中休憩しておらず、従って、相当疲労していたと解されるうえ、夜間しかも豪雨で極めて見透しが悪いのであるから、相当速度を落すか、場合によっては一時停止するなどし、また道路標識には十分注意して進行すべきであるのに、これを怠り、相当距離進路の誤りも気づかないまま進行し(右の誤りに気付いたならば本件国道が石狩川で遮断され、行き止まりとなっていることを知り得た筈である。)その結果、前記認定のとおりの経過で本件事故に遭遇したものであり、本件事故発生については同人にも重大な過失があったことは否定できない。
二、損害の発生
1 要の逸失利益
≪証拠省略≫によると、要は昭和二〇年四月三〇日生(事故当時満二五歳)の健康な独身の男子で、東京経済大学卒業後、家族とは別居して、留萠郡小平町の小平車輛に勤務し、死亡前一年間に金五二万一、二五六円の給与と金一三万四、〇〇〇円の賞与等を得ていたことが認められる。
そして厚生大臣官房統計調査部作成の第一二回生命表によれば、満二五歳の男子の平均余命は四五・五四年であり、要が本件事故によって死亡しなければ、原告ら主張のとおりなお三八年間は稼働できたものと認められ、要の生活費が前記一年間の給与額金五二万一、二五六円の四〇パーセントであることは、原告らの自認するところである。そうすると、要の死亡時の純益は年額金四四万六、七五四円であったというべきである。
従って、これを基準としてホフマン式計算法による一時払の損害額を算定すれば、金九三六万八、四三一円(円未満切捨)となる。
ところで、本件事故発生については、前記のとおり、要にも重大な過失があったもので、これを被告の損害賠償額を定めるにつき斟酌するのが相当であり、右損害については、その七割を減じ、金二八一万五二九円(円未満切捨)と認めるのが相当である。
2 要の慰藉料
前記認定の本件事故の態様、要の過失、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、要の慰藉料は金七〇万円が相当である。
3 相続
≪証拠省略≫によると、原告正は要の父、同トメノは要の母であることが認められ、従って両名は、前記1項および2項の合計金額の各二分の一である金一七五万五、二六四円(円未満切捨)の損害賠償請求権を相続により取得したことになる。
4 原告正、同トメノの慰藉料
前記2項と同様の事情を考慮すると、各金一〇万円が相当である。
5 原告春代、同利江の慰藉料
≪証拠省略≫によると、原告春代、同利江は要の妹であることが認められる。しかし、被害者の死亡による近親者固有の慰藉料については、その者が民法七一一条に規定する親子や夫婦関係にある者以外の者である場合には、未認知の子や内縁の配偶者のごとく親子・夫婦の関係に準ずる者であるか、或は、被害者に親子・夫婦の関係にある遺族がないか、またはこれがあっても親子・夫婦としての実態が失われている場合であって、かつ被害者と同居して同一の生計に服し、互に扶助し合っているなど夫婦・親子関係と同程度の特別に緊密な生活関係があった場合においてのみ、民法七一一条を類推して、これを認めるのが相当である。
従って、本件のように被害者に相続人たる両親があって、その親子関係の実態が失われていることもなく、しかも同人らが要の慰藉料を相続するとともに自己固有の慰藉料をも認容される場合には、原告春代、同利江に対し、固有の慰藉料を認めるべきではない。
6 弁護士費用
≪証拠省略≫によると、原告らは被告が損害賠償の任意の履行に応じないので、本件訴訟を弁護士古田渉に委任し、同人に対し手数料金六〇万円を支払い、成功報酬を金一〇〇万円と約したこと、右について、原告正、同トメノが各二分の一ずつ負担することとしたことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、前記の損害額に照らすと、被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは各金三〇万円合計金六〇万円と認めるのが相当である。
第七、結論
そうすると、原告正、同トメノの本訴請求のうち各金二一五万五、二六四円および各内金一八五万五、二六四円に対する昭和四五年一〇月二二日から、各内金三〇万円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和四七年一月三〇日からそれぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、原告春代、同利江の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行および同免脱宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上三郎 裁判官 蒲原範明 裁判官浅野正樹は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 井上三郎)